留学総括編①: 留学という「グローバルな体験」で得た「ローカルな視点」

Servus!(南ドイツ・バイエルンの方言:バイリッシュで「こんにちは」)
今回がリアルタイム留学体験談、最終回となります。最後はこれから日本で取り組みたいこと、留学を目指す皆さんへのアドバイスをお伝えしたいと思います。

 

■ドイツ語学科2年 M.K(女性)
■留学先:ドイツ 州立ミュンヘン大学 (※ドイツ語学科 在外履修制度にて半年間留学し、帰国)


まず前回の配信(ドイツ滞在編⑤)で、帰国直前にDSH(※)に挑戦すると書きましたので、そのことについてご報告します。

受験の結果、DSH2という成績を収めることが出来ました!

これはドイツの公立大学で、医学部・薬学部を除くほぼ全ての学部に出願できる成績です。
(DSH2は留学当初より目指していた、言語能力を評価する国際指標・ヨーロッパ言語共通参照枠 (CEFR)におけるドイツ語C1レベル=熟練した言語使用者、に相当します)

DSHの成績証明書です
DSHの成績証明書です

このDSH、ドイツ国内の各大学で実施されているのですが、実は大学ごとに問題構成や試験時間、難易度が異なります(ですが、どの大学で受験しても得られる資格は同じで、ドイツ国内の全ての公立大学で通用します。例えば、私はミュンヘンでDSH2を獲得しましたが、このDSH2を使って、ベルリンにあるベルリン自由大学に出願することも可能です)。

私が受験したミュンヘン大学のDSHは、最難関とも言われており、その試験内容はとてもハードなものでした…。

 

DSHには口頭試験と筆記試験があります。
口頭試験は、自分の専門分野に関する短い文章を受け取った後、その内容について試験官から意見を問われる、という形式でした。
日々の授業で活発にドイツ語で議論を行っていたので、口頭試験はそこまで難しくありませんでした。

 

大変だったのは筆記試験です。

筆記試験は、朝10時半~15時まで約4時間半(途中、休憩時間は15分のみ)の長丁場で、リスニング・ライティング・リーディングと、多角的にドイツ語運用能力を測る試験が課されました。
中でも大変だったのがリスニングです。約10分間にわたりドイツ語の課題文を聞き取り、それを500文字程度に要約するのですが、私が受験した回は「渋滞と環境汚染に関する実験内容」というテーマで、日常生活では使わないような専門用語も多く含まれていたため、少し動揺してしまいました。

 

私は元々リスニングに苦手意識を持っていたため、留学中はドイツのテレビ局が配信するアプリでニュース動画を視聴したり、ドイツ人の友達と積極的に会話をしたり、意識的にリスニング能力の向上に努めてきました。その結果、難しい試験においても十分な成績を得られ、これまでの努力が実った達成感がありました。

DSHに挑戦したことで、初めて自分のドイツ語能力を客観的に証明できるようになり、留学の集大成となりました。

リスニング練習に活用していた、ドイツのテレビ局ZDFのアプリ
リスニング練習に活用していた、ドイツのテレビ局ZDFのアプリ

(※)DSHとは:ドイツの大学に入学を希望する外国人のためのドイツ語能力証明試験、Deutsche Sprachprüfung für den Hochschulzugangの略称


次に現地で得られた気付きについて書きたいと思います。
留学中、強く実感したことの一つが、現地のことを良く知るためには、旅行よりも、実際に住む方がはるかに有効だということです。

 

留学前、授業でドイツの社会・政治・文化・思想などについても学んでいました。そして「ドイツ人は残業しない」「休暇が長い」というイメージを持っていましたが、実際にドイツ人のライフスタイルに触れることで、「ドイツ人も必要に応じ残業することがある」「長期休暇をとる場合は、何か月も前から計画的に仕事を調整している」という実情を知りました。

 

そしてその背景として、ドイツでは過剰な残業時間を看過している企業は、罰金を受ける可能性もあるほか、企業と個人が労働契約書を締結し、労働条件が細かく定められている、という事実も知りました。
だからこそ「必要に応じ残業はするけれど、短い労働時間で成果を出し、プライベートの時間を大切にする」という価値観が根付いているのだと、理解するに至りました。

 

治安や経済格差についても、現地で暮らすことで、はじめて分かった事があります。
近年ドイツでは、外国人排斥派の動きも活発になってきていますが、ミュンヘンでは反外国人のデモ等を見かけることはなく、スーパーでもどのパスタを買おうか迷っていると、年配の方がオススメを教えてくれるなど親切にしてくださり、外国人に対する隔たりを感じたことはありませんでした。

一方で、ドイツ東部の都市では極右が大規模集会を行い、暴徒化するなどの事件もあり、同じ国でも住む地域によって、その印象は大きく変わるのだろうと思いました。

 

また、北ドイツのハンブルクを訪れた際、子どもに直接物乞いをされたことがあり、衝撃的な出来事として記憶しています。
ミュンヘンにもホームレスはいますが、直接声を掛けてくることは殆どありませんでした。

北ドイツ・ハンブルクの街並み
北ドイツ・ハンブルクの街並み

ドイツ中央部のエアフルトという街で、私と同じく在外履修をしている同級生に会いに行った際、物価も家賃もミュンヘンの半分近くだったので、東西ドイツの格差を感じました。
1990年のドイツ統一から30年近く経った今も、東西の賃金格差はまだあり、若者や高学歴者などの経済復興に欠かせない貴重な労働力層が西側に流出しているという見方もあります。
今でも、旧東ドイツ地域再建のために旧西ドイツの企業が「連帯付加税」を負担していることも、全て留学中に知りました。

 

日本にいた頃は「ドイツ」という1つの国として捉えていましたが、暮らしてみることで、その地域・街ごとに様々なバックグラウンドがあることを理解しました。
これは新たにその土地に根差した「ローカルな視点」を得られた、ということなのだと思います。

ドイツ中央部・エアフルトの街並み
ドイツ中央部・エアフルトの街並み

留学前は「外国人というマイノリティー」になることで、何かを学んで帰国したいと思っていました。
ドイツ語と英語の教職課程を履修しているため、将来語学を教える立場になった時、自身にマイノリティーとして暮らした経験があれば、同じような立場の生徒にも寄り添える教師になれるはず…と考えていたからです。

 

ですが、ドイツで暮らしてみて「外国人=マイノリティー」という考え自体が、在留外国人の割合が総人口の約3%である日本で育ってきたからこその先入観であると痛感しました。
私自身、長期滞在には滞在許可(ビザ)が必要なこと、ドイツの大学に正規生として入学するためにはDSHなどのドイツ語の語学証明が必要なこと以外では、あまりマイノリティーであることを感じませんでした。

 

ドイツには「外国人」と一言で言っても、移民、国際結婚をした人、ハーフの人など…日本よりはるかに多くの、そして複雑なバックグラウンドを持つ人々が暮らしていました。
そして、ドイツで生まれてドイツの学校に通っていれば、「自分はドイツ人」というアイデンティティーを確立している人が多いようにも感じました。

 

このようなマイノリティーの定義について再考する機会を得られた事は、留学中の大きな発見でした。
今後、日本でも外国籍の子どもが増えていくと思われます。
私の夢でもある教師として子ども達に語学を教える立場になった時、どのように接していくのが適切なのか、この発見を活かして今後、自分なりの答えを見つけたいと思っています。


今回はここまで。次回(最終回)は今後の学習プランや、留学を志している皆さんへのアドバイスをまとめたいと思います。

Tschau!